光の粒子たち ― あなたの中で輝くもの

光の粒子たち ― あなたの中で輝くもの
第一章 灰色の朝
東京、11月。
田中悠樹は今朝も目覚まし時計より先に目が覚めた。天井の染みを数えるのが、もう三週間続いている習慣になっていた。
三十四歳。ITコンサルタント。年収は同期の中でトップクラス。それなのに、なぜ朝のたびにこんなに胸が重いのだろう。
窓の外、まだ暗い空に雨が降っていた。傘を探しながら、悠樹は鏡の中の自分と目が合った。目の下の隈。薄くなった笑い皺。「お前は何者だ」と鏡の中の男に問いたかったが、答えを知ることが怖くて、視線を逸らした。
電車の中、スマートフォンを眺めながら悠樹は思った。SNSには友人たちの幸せそうな写真が溢れている。結婚、子供の誕生、海外旅行。誰もが光の中にいるようだった。自分だけが、どこかガラス越しにその光を眺めているようだった。
会社に着くと、同僚の森本が声をかけてきた。
「田中さん、また残業ですか?昨日も遅かったでしょう」
「仕事があるから仕方ないよ」
悠樹は笑って返したが、その笑顔がどれほど空っぽかを、本人だけが知っていた。
その日の夜、プレゼン資料を仕上げた帰り道。渋谷の交差点で、悠樹は足を止めた。
雨が上がっていた。濡れたアスファルトに、ネオンの光が幾重にも反射して揺れていた。何千もの人が行き交う中で、悠樹はその光の粒を見つめた。水たまりの中で光がぶつかり合い、溶け合い、また離れていく。
なぜかその瞬間、胸の奥がじんとした。
第二章 出会いという奇跡
翌週の土曜日、悠樹は友人に誘われて代々木公園を訪れた。友人はヨガの体験会に行くというので、暇だった悠樹はなんとなくついていった。
会場となった芝生の広場には、三十人ほどが集まっていた。インストラクターは六十代くらいの女性で、川島照子と名乗った。白い髪を一つに束ね、小柄な体からは不思議な穏やかさが滲み出ていた。
「皆さん、今日は体を動かす前に、一つだけ質問させてください」
照子は静かに言った。
「あなたは今、生きていると感じていますか?」
誰も答えなかった。悠樹も答えられなかった。
ヨガが始まった。呼吸に集中し、体の感覚に意識を向けていくうちに、悠樹は奇妙なことに気づき始めた。心臓が打っている。当たり前のことなのに、今この瞬間まで、それをこんなにはっきり感じたことがなかった。
鼓動。鼓動。鼓動。
リズムを刻むたびに、何かが全身に広がっていくような感覚があった。
体験会が終わったあと、悠樹は照子に声をかけた。
「先生、さっきの質問の答えを、まだ考えているんですが」
照子は微笑んだ。
「考えなくていいんですよ。感じてみてください」
「感じる、ですか」
「あなたの心臓は今も動いている。肺は今も空気を受け取っている。それは誰かに命令されてやっていることですか?」
悠樹は黙った。
「全ては、ただ在るんです」と照子は続けた。「あなたも、この木も、あの雲も。みんな同じエネルギーで出来ている。輝いている。あなたが忘れているだけで、あなたは最初から光の塊なんですよ」
その言葉は、どこかに引っかかった。
第三章 恵みを受け取るということ
その夜、悠樹は母に電話をした。特に理由はなかった。ただ、声が聞きたくなった。
「珍しいわね、悠樹から電話なんて」
「なんとなく。元気?」
「元気よ。あなたこそ、顔色はいい?」
顔が見えないのに顔色を聞く母の言葉に、悠樹は苦笑した。
「まあまあかな」
「無理してない?お父さんもね、最近あなたのこと心配してるのよ。でも男同士だから言えないって」
悠樹は窓の外を見た。東京の夜空は光が多くて星が見えない。それでも、雲の切れ間に、一つだけ星が輝いていた。
「お母さん、俺、昔よく星見てたよね」
「そうよ。小学生のころ、毎晩縁側に出て。お父さんと一緒に」
「父さんが星の名前を教えてくれてた」
「覚えてたの」
「忘れてた。でも今、思い出した」
電話を切ったあと、悠樹は気づいた。自分はずっと、受け取ることが苦手だったのかもしれない。誰かの心配も、誰かの愛情も、どこかで「自分には必要ない」と跳ね返していた。強くあろうとして、実は孤独になっていた。
受け取る、ということ。
それはただ手を開くことだ、と悠樹は思った。

第四章 豊かさを分かち合う日
十二月になった。
悠樹の会社では毎年、地域の子ども食堂へのボランティアを募集していた。これまで三年間、悠樹は「忙しい」という理由で参加しなかった。今年、初めて申し込んだ。
会場は下北沢の小さな公民館だった。スタッフに混じって、悠樹は子どもたちにカレーを盛り付けた。七歳くらいの男の子が、大きなお椀を両手で受け取りながら、「ありがとうございます」と丁寧にお辞儀をした。
その瞬間、悠樹の胸に何かが流れ込んだ。
熱いものが目頭に来た。慌てて天井を向いたが、それは涙だと分かっていた。なぜ泣いているのか、論理では説明できなかった。ただ、何かが通じた気がした。見知らぬ子どもと自分の間に、言葉を超えた何かが。
帰り際、照子に再会した。彼女もボランティアに参加していたのだ。
「来てくれたんですね」と照子は言った。まるで知っていたかのような口ぶりで。
「なんか、来たくなって」
「分かち合うということは、減ることじゃないんです」と照子は言った。「愛は、与えるほどに増えていく。エネルギーはそういうふうに出来ているから」
悠樹はうなずいた。
夜道を歩きながら、悠樹は空を見上げた。今夜は雲がなかった。東京でも、いくつかの星が見えた。
父が教えてくれた星の名前を、一つ一つ思い出しながら、悠樹は歩き続けた。
第五章 進化の途上で
年が明けた。
悠樹は少しだけ変わっていた。劇的な変化ではない。仕事も続けているし、残業もまだある。でも、毎朝目が覚めたとき、最初にすることが変わった。
天井の染みを数える代わりに、今は心臓の鼓動を感じるようにしている。
トン、トン、トン。
それが聞こえるたびに、「ああ、今日も生きている」と思う。当たり前のことが、当たり前でなくなった。
照子の言葉が、時々蘇る。
「全ては、輝いている」
電車の窓に映る人々の顔を見るとき、悠樹は思う。あの人も、この人も、みんな何かを抱えながら、それでも鼓動を刻んでいる。同じエネルギーで動いている。
ある朝、後輩の三宅が暗い顔でやってきた。プレゼンが上手くいかなかったらしい。
「俺、向いてないのかな、この仕事」
以前の悠樹なら「頑張れ」と言って終わらせていただろう。今日は違った。コーヒーを一杯買って、隣に座った。
「話してみ」
三宅は驚いたような顔をした。
「いや、田中さんを引き止めるのも悪いし」
「俺が聞きたいんだよ」
それだけで、三宅の表情が少し緩んだ。
分かち合うということが、こんなに簡単なことだったと、悠樹は気づいていなかった。
エピローグ 光の粒子として
春になった。
代々木公園の桜が咲き始めた頃、悠樹は一人でベンチに座り、散る花びらを眺めていた。
風が吹くたびに、花びらが舞い上がる。光の中でくるくると回転しながら、やがて地面に降りる。
悠樹は手のひらを上に向けた。一枚の花びらが、ゆっくりと降りてきて、掌の中に収まった。
たったそれだけのことで、全てが繋がっているような気がした。
この花びらも、自分も、空気も、光も、みんな同じ何かで出来ている。見えない糸で繋がっている。生まれてから今まで、一瞬も切れることなく、宇宙と繋がりながら呼吸をしてきた。
それを「孤独」と呼ぶことは、もうできない気がした。
ポケットの中で、スマートフォンが震えた。照子からのメッセージだった。
「春の体験会、また来ませんか。今度はあなたが誰かに伝える番かもしれません」
悠樹は微笑んだ。
手のひらの花びらが、また風に飛んでいった。どこへ行くのだろう。でも、きっとどこかで誰かの心に触れる。そういうふうに、全てはめぐっている。
遠い昔から、そして遠い未来にわたって、この宇宙のあらゆるものは光り続けている。石も、水も、人の涙も、笑い声も、みんな同じエネルギーの塊だ。鼓動を刻みながら、恵みを受け取りながら、豊かさを誰かと分かち合いながら、愛と調和へとゆっくり進化し続けている。
それが、いのちということだ。
あなたもそのひとつ。消えることのない、光の粒子として。
全ては輝く / エネルギーの塊 / 生命体として / 鼓動を刻み出す / 恵みを受け取り / 豊かさを分かち / 愛と調和へと / 進化を続けよう

アマリエの物語の続きがここに